金賞杜氏の日本酒情報局

日本酒製造現場からの情報発信

酒母 or 酛(もと)?

飲み手の皆さんにはあんまり馴染みがないと思いますが、日本酒を造る工程の中に酵母を育てる「酛」(もと)と呼ばれるものがあります。別名 酒母(しゅぼ)と呼ぶ人もいるのですが意味は同じです。

日本酒は「並行複発酵」という一つのタンクの中で、糖化と発酵が同時に行われる極めて酒類の中では稀な発酵形態をとるのですが、順調な並行複発酵経過をたどるには、強くて多くの健全な清酒酵母の力が不可欠となり、それらはこの酛という工程でしっかり造っておくことが求められるのです。

日本酒の酵母の育て方を「拡大培養」と呼び、酒蔵で使われる酛になるまでは、醸造協会や各県の研究所まどで寒天培地から植菌したりして高濃度アンプルを造るところから、実際の酛を仕込む時に酵母の添加を行い、酛工程にて更に酵母の数や体力を増やしていくという方法で、酵母を分裂させながら強さも加味して育てる方法を取るのです。

酛にもいくつか手法がありまして、1.一番オーソドックスで手間暇がかかる普通速醸酛、2.普通速醸より高温短期経過をたどる高温糖化酛、3.蒸米を省力化したアンプル酛、4.天然乳酸菌の生成から長期で高度な技術を要する生酛山廃酛、5.液体培地ではなく乾燥酵母を使用する酛 など、各蔵ごとに造るお酒のタイプによって酛の型を使い分けています。

生酛山廃酛のような特殊で中々育成するのに
難しい酛を採用する場合は、それだけでその商品としての「付加価値」は上がります。

僕の場合は、上記の高温糖化酛以外の酛の型を仕込み計画や造るお酒のタイプによって使い分けています。

酛を育成するための原材料は、日本酒を造るのに認められている米、米麹、水と酵母と生酛山廃酛でなければ醸造用乳酸となります。原材料としてラベルに表記義務のない「その他の物品」というのもありまして、清酒酵母がより健全に成長できるように仕込水の加工をする蔵もあります。そのような所は、軟水を硬水にマイナーチェンジさせたり、酵母が成長しやすいように水の成分を加えてあげたりして、一手間かけます。

酸性リン酸カリウムやカルシウムやクロールなどがそうですが、僕の蔵では井戸水の成分的に不要なのでやりません。

強くて多量の清酒酵母を育成するには「湧き」が重要です。普通速醸酛だと大体17~19℃くらいの品温を3日程キープすると酛の液面に大きな泡が出たり、液面が膨らんだり、姿形はありませんが「生きて」いる信号をしっかり発信してくれます。この反応をちゃんと見逃さないことがこの工程の大きなポイントで、上手に狙った品温をキープできるかどうかが重要です。

酛の割合ですが、一仕込みで使用する米の7%程度が標準となっており、お酒にした時にどれほど香味に影響が出るかどうかはそれほど感じられないと思います。しかし、繰り返しになりますが、しっかり湧かせて元気で多くの「兵隊達」を擁することが、この後の3段仕込みと長期低温発酵につながる基礎となるのです。

清酒酵母は発酵によって自身が生成されたアルコールが高くなるにつれて死滅率が上がります。

酛はアルコールを出すことより、「数をふやすこと」を考えれば安全醸造につながるでしょう。

今回は「酛」を紹介させていただきました。