金賞杜氏の日本酒情報局

日本酒製造現場からの情報発信

「生酛」←読めますか?

前回のブログで「酛」特集をやってみましたので、その流れで生酛系のお話をやってみたいと思います。

生酛と書いて「きもと」と読みます。

山廃と書いて「やまはい」と読みます。

まぁ日本酒に詳しい方にはそれくらい読めるよって感じでしょうけど、馴染みのない方には全くイメージしにくいキーワードだと思います。

酛という工程が、水、米麹、水、酵母 を主な原料として、しっかり「湧かせる」ことが健全で大量で元気な酵母が育つ基礎になる、ことを昨日のブログで紹介させてもらいました。

清酒酵母を純粋培養していくためには、「酸性の環境」が重要になりまして、その酸性状態を人工的に作り出すために、上記の原料に加えて「醸造用乳酸」というものを使います。

標準使用量は、100リットルあたり500~600ミリリットル程度となりまして、現代の日本酒造りの安全醸造を語る上では外せないアイテムとなっております。醸造用乳酸の原料は「じゃがいも」。意外に酒造業界の人間でも知らない人が多いです。

そんな「人口的醸造用乳酸」を用いないで、酸性状態を作るにはどうしたらよいか?

それが生酛系の酛の真髄となるのです。

生酛系酒母は微生物の変遷と淘汰によって成立します。酒蔵には井戸が備わっているのが普通で、井戸水の中には土壌から染み出る「硝酸還元菌」が存在します。米、米麹、井戸水を利用した仕込み水をタンクに入れて、5~7℃の低温で数日間キープします。すると硝酸還元菌から「亜硝酸」が生成されます。亜硝酸が残存しているうちに、レウコノストックメセンテロイデスという乳酸菌とラクトバチルスサケという2種類の乳酸菌を生成するようにモロミを加温し続けます。亜硝酸は熱に弱いので、この二つの乳酸菌が生成していくにつれて自然と消滅していきます。最後にしっかりと2種類の乳酸菌が「植物性乳酸」へと変遷し、清酒酵母がモロミに入る前にはきっちりPHが下がっているというカラクリになるのです。

生酛系酒母は中性からスタートさせ、清酒酵母が成長し始める頃に酸性状態に世界が変わります。

以上のように、まだ人工的な醸造用乳酸がこの世に存在しなかった時代に、このいかに酸性状態を造り出すか?というバイオテクノロジーの原理原則に則った形を自然と発明した人は、まさにノーベル賞級の「発明」だと感じます。

多くの造り手達が生酛系の造りに一種のあこがれを感じると言われるのも、こういった微生物の働きを誘導していく造りに奥深さや複雑さを感じるからではないでしょうか?

酸性状態になったモロミには、清酒酵母を添加する蔵もあったり、蔵付き酵母がしぜんとモロミに混入してくるのを待つなど、造り方は多種多様です。

酵母が入ればあとは健全に清酒酵母の育成をうながしていけば終了!

大体、酛日数だけで25日くらいはかかりますから、醸造用乳酸のありがたみがつくづくわかります。それだけ時代の変遷とともに、醸造技術の進歩も大きい影響を及ぼしていると思います。

生酛酛と山廃酛の違いはまた次回ということにさせて頂きますが、酒母の種類や効果を皆さんご理解いただけたでしょうか?

生酛系は造り手の誇りです。

なかなか全部の造りを生酛にするというのは大変なことだと思いますが、少しでも多くの皆さんには「生酛とはなんぞや?」を少しでも頭に入れながら飲んでいただけますと、より理解が深まると思いますよ!