金賞杜氏の日本酒情報局

日本酒製造現場からの情報発信

生酛 ~ なぜ摺る(する)か? ~

酛を語り始めて何回目になるでしょうか?

前回の「生酛系」の続編になりますが、ちょいと内容が高度になりそうなので、なるべく分かりやすく説明したいと思います。

生酛と山廃の違いは、酛摺り(もとすり)という作業を行うか否かによります。酛摺りとは、蒸米と米麹と水を仕込んだ翌日に、櫂棒(かいぼう)という道具を使って、米麹の酵素の作用以外に人為的に蒸米を摺りつぶす作業のことを言います。

酛摺りのやり方は蔵によってマチマチでして、小分けにして櫂棒で摺るところもあれば、ビニール袋にモロミを入れて手でもみほぐすように行う蔵もあったりで決まった型はありません。

ちなみに僕は少しでも労力は省きたいタイプなので、「電動ドリル」を使っちゃいます。

で、

なぜ摺るのか?ですけど、それは蒸米を半ば強制的に溶解することで濃糖状態の環境を整備するためです。

野生酵母など、狙った酒質にするためにセレクトした酵母以外の微生物が混入して、大事な生酛工程の初期段階に色んな「いたずら」をされると理想とする酵母を育てることが難しくなってしまいます。

酛を摺らない山廃の場合、濃糖が中途半端だと良からぬ微生物達にとっては、ちょうど良い「エサ場」となる可能性も高いのです。

ただそこは酒蔵によって考え方はそれぞれですし、杜氏さん一人一人のやり方を僕は前向きに尊重すべき部分であると認識しておりますので、どうこう言うつもりはありません。

色んな考え方や手段があってしかるべきですから。

先ほど述べたように、僕は電動ドリルで短時間に3時間おきくらいに分けて酛摺りを行います。

それこそ「ドロドロ」になるまで。

何でそうするかは、うちの酛場の環境が雑菌や野生酵母に犯されやすいというのがあります。やむなく酛場を冷蔵庫がわりに使っている面が多く、商品をストックしておく段ボールモノがたくさん存在する環境なので、「手早く、サクサク」っと濃糖状態にモロミの状態を整えることで「リスク」を減らしたいわけです。

もし、せっかく仕込んだモロミが変異したりすれば、その後の仕込み予定に変更点が生じたり、そのモロミを廃棄せざるを得なくなり、コストもかさみます。「安全醸造」を第一に考えた時に、その環境も踏まえたら、ドリルで、短時間に、省力化で。という結論に至ったのです。更には山廃でなく生酛ということで。

まぁ櫂棒で摺るよりドリルはより細かく「摺れます」。

生酛系の仕込みは、独特の風味が楽しめます。速醸酛よりもアミノ酸の仲間の「ペプチド」が豊富に存在しており、酒に個性と付加価値を与えやすいです。

ただね、飲み手の方がそのお酒を口に含んだ時に、この生酛は櫂棒で摺ったか電動ドリルで摺ったかどうかまではわからないでしょうから、そこは「酒屋万流」を優先して考えたら良いと思います。

最後に生酛の酒質に関してですが、ペプチドが豊富だと先ほど述べたようにメリットもありますが、度を越すと酒がくどくて重く感じたりします。

ここ数年の流行でもあるのですが、生酛と言えども「キレイで軽快に」造る!これ必須と思います。

皆さんも是非色んな生酛系のお酒に触れていただけたらと思います。