金賞杜氏の日本酒情報局

日本酒製造現場からの情報発信

酵母無添加生酛を考えてみる。

数回にわたり「生酛系」の酛をつづって参りましたが、今回でひとまず「完結」したいと思います。

生酛系は天然水仕込みで醸造用乳酸不使用で清酒酵母無添加で造る商品というのが最近よく見受けられます。

スーパーオーガニック仕込みを目指すならば、更に「有機米」を使いたいところ。

地方の中小酒蔵にとっては、県保有酒米を使って上記のスペックで仕込んだ商品は、最高の差別化が図れそうです。

その代わり「高く売れ!」ってね。

究極のハイスペック酒で、例えば50%精米の純米吟醸を造ったとしたら、個人的な希望も合わせて言わせてもらえるなら、720㍉㍑で最低でも¥10000の値付けにチャレンジしたいなぁと。

そのリスクと苦労を考えて、日本酒の将来を模索したら最低これくらいのプライスは欲しいです。勿論、原価を算出してからの話になりますけど。

輸出用なら絶対このレベルでものを考えてみる必要性があると思いますし、1.8㍑の設定さえ却下で良いと思います。

日本酒の価値を向上させるには、こういった試みはどんどん各蔵がチャレンジすべきですし、何より酒類業界に関わる川上から川下の各業態が今後生き残っていくためにも攻めるべき領域でしょう。

清酒酵母無添加に話を戻しますが、僕が働いている蔵では「生酛」はやってますけど、清酒酵母無添加はやっていません。

理由は、うちは酛場が狭くて酵母無添加生酛をやるだけのスペースを確保する余裕がない為です。前のブログで書きましたが、2種類の乳酸が無事に生成されて、亜硝酸反応も無事に消滅したタイミングで通常なら狙った酒質に伴う清酒酵母を添加するタイミングとなるわけですけど、無添加生酛の場合、いわゆる「蔵付き酵母」が自然と生酛モロミに混入してくるのをじっくりと待つ必要があります。

いつ、蔵付き酵母の混入が行われるかは不明でして成分分析を日々繰り返しながら、地道に「待つ」必要性が出てきます。

よって、仕込み場のキャパに余裕がないと、その仕込みタンクを制限なく置き続けることができませんし、仕込み予定にも余裕がないと、その生酛系酒母が仕上がるのが予定できない中での造りに対応できないとならず、製造予定にも関係してくる課題でもあるのです。

更に付け加えたいのは、混入する酵母がどんな性質の酵母なのかわからないということ。
造り手としては、カプロン酸エチル系か酢酸イソアミル系なのかくらいは仕込む前に最低限知っておきたい要素ですけど、酛を順調に育てて、モロミになってしばらくしないとどんな酵母なのか判別するのが難しいはずです。

しかもその判別方法は、「官能」によるもの。

どんな酵母が働いているのかは、造り手の香りの判断でわかるはず。

そう考えると、酛の段階で蔵付き酵母の系統の判断ができずに酒の表情である酵母の判断ができないとなると、やはり納得のいく造りになっているのかどうかというのが我々の考え方となります。

あくまでも、蔵付き酵母は「最高の差別化」が図れますし、飲み手のニーズは間違いなくあると思いますので、是非チャレンジできる蔵はやるべきと思います。

ただ、どんな酵母が育っているかがあいまいな造りを僕はやりたくないだけですので、そこは「酒屋万流」としてご理解頂きますようお願いします。

まとめますと、酵母無添加の生酛系酒母に挑戦する価値は大いにあるが、環境的な問題や仕込みスケジュールに余裕を持たせる必要があるということ。そして、どんな系統の酵母が混入しているのか判別できるのにある程度の時間が必要になる。ということになります。

無添加酵母のリスキーな点を付け加えるなら、混入している酵母清酒酵母とは限らず「野生酵母」が多くなる点です。そうなった場合、どうしてもモロミ管理の段階でアルコールの生成が悪くなったり、ボーメの切れに鈍りが見えたりで、その証拠に市場に出ている酵母無添加のお酒にはアルコール分が15%に満たないものもチラホラ見えるのはその為と考えます。ただ、「希少性」や「独自性」という部分を考えたらニーズはあるでしょうから、メーカーとして「オンリーワンの酒造りです!」って言っちゃえば成立するかなとは思います。

僕は安全醸造を基本に造りを進めたいタイプなので、「無添加」は今のところ遠慮したいと思いますが、やらない理由としてそもそも清酒酵母って別に毒ではないし、普通に「生き物」なだけで人体に良くない影響をもたらすものではないでしょうから、清酒酵母が育つ環境が整った状態なのであれば清酒酵母の添加は現代の酒造りとしたら決して問題はない行為なのだと思います。その方が安心ですしね。結果しっかりした酒になるわけですから。

色々と生酛系のあれこれを語ってきましたが、造り手は自然と難しい造りにチャレンジしたくなるものということもあると思います。飲み手の皆さんにとっても生酛系ってジャンルを色々と考えてみるきっかけとなればと思います。